「感謝の気持ちを持ちましょう」っていうけどさ

よく、

 

「感謝の気持ちを持つことは大事ですよ」

「感謝しましょう」

 

って言われてますよね。

 

 

あと、

 

「『ありがとう』をいっぱい言おう」

 

とかね。

 

 

もちろん、それって素敵なことだし、

大事なことだっていうのも分かる。

 

 

でもさ・・・そうは言うけどさ・・・!

 

 

っていうのが僕の中にあったので、

自分なりに考察してみました。

 

気持ちは持とうと思って持てるものでもない

「気持ち」って色々ありますよね

「嬉しい気持ち」とか「悲しい気持ち」とか。

 

でも、「嬉しい気持ちを持ちましょう」とはあんまり言わないですよね。

 

 

気持ちって、持とうと思って持つものというよりは、

「自然とそうなる」ものだと思うんです。

 

「嬉しい気持ちになる」みたいな。

 

無理に作ろうとしてなるものではないですよね。

 

 

だから僕は個人的に、「感謝の気持ちを持ちましょう」っていうのになんか違和感があるんです。

それこそ、無理に作ろうとしているようで。

 

「感謝」っていうのも、「嬉しい」「悲しい」「愛おしい」「怒り」「恐怖」などと同じで、

人間の気持ち(感情)の一つであることに変わりはないのに、

なんで感謝だけは「持とう」とかいうんだろう??っていう。

 

 

 

ただ、物の見方を変えたり、捉え方を変えることはできると思うんです。

 

それによって、自然と自分にとって「そういう気持ち」になるように、

意識を傾けることはある程度できるかなと思ってます。

 

だからきっと「感謝の気持ちを持ちましょう」っていうのは、

そういうことなのかなって思ってます。

 

 

恨みつらみ、怒り…っていう気持ちを持ってるよりは、

感謝の気持ちを持ってる方が当然気持ちはいいですからね。

 

「ありがとう」の言葉の力

「ありがとう」という言葉にはすごい力があるという話をあちこちで聞いたりします。

 

だから、「とにかく『ありがとう』を口に出して言おう」、

なんなら、「独り言でも心を込めなくてもいいから一日に何回も言おう」、

 

みたいな。

 

 

「言霊」と言われるように、

どんな言葉にでも力はあると思うんです。

 

だから、口に出して言うことで、

自分の気持ちや起こる事象に影響があるというのも

実際にあるとは思います。

 

 

 

だから、僕も一時期、

「ありがとうをとにかく言いまくる」っていうのを実践してみたんです。

 

朝起きたら「ありがとう」、

夜寝る前に「ありがとう」、

ふと気づいたときに「ありがとう」

 

みたいに、一日に何度も口に出して、

とにかく言ってみたんです。

 

それを続けてみたんです。

 

 

そしたらどうなったかというと・・・、

 

 

 

気持ち悪くなりました(笑)。

 

 

 

要は、自分が心で思ってない時に、

思ってない言葉を発することに僕はとても違和感があったんです。

 

 

特に僕は、基本的に自分の気持ちに従って行動しているので、

気持ちが伴わない言動は気持ちが悪いんですよね。

 

 

 

「じゃあ気持ちを向ければいいじゃん」ってことかと思って、

 

朝起きた時に「今日も目覚めることができてありがたい」

夜寝る前に「今日も一日無事に過ごせてありがたい」

 

みたいに、色々と「一般的にありがたいと思えそうなこと」に目を向けようとしつつ、

「ありがとう」と口に出して言ってみました。

 

 

・・それでも気持ち悪かったんです。

 

 

だって、思ってないもん(笑)。

 

当たり前の日常でそんなこと思おうとしたって、

思えないもん。

 

 

 

いくら「感謝の気持ち」とはいえ、

無理に目を向けようとしたり、仕向けようとすると、

それはそれで気持ち的に違和感があるんですよね。

 

 

で、心と違うものを口に出して言うことは、

より違和感が強くなります。

 

 

そういう意味でも、言葉にはやっぱり力があるんですよね。

 

自分にとって違和感がないものから

とは言え、やっぱり自分の内面を常に「良い気持ちの状態」にはしておきたいじゃないですか。

ハッピーマインドでいたいじゃないですか。

 

そうなると、感謝の気持ちっていうのは外せないんですよねー。

 

 

だから、もちろん感謝の気持ちを持っていたいし、

自然と「ありがとう」と言いたいわけです。

 

その方が、周りの人も気持ちいいだろうし。

 

 

かといって無理すると気持ち悪くなっちゃう…(笑)。

 

 

 

そこで、気付いたこと。

 

「自然と感謝できるものを自分で見つければいい」んです。

 

 

それを見つけるために意識を向けることは、

決して違和感にはならなかったです。

 

 

ランチなに食べようかな~と思ったら、

飲食店に意識が向くじゃないですか。

 

ディズニーランドで隠れミッキーを探そうと思ったら、

ミッキーのあの形に意識が向くじゃないですか。

 

 

そんな感じ。

 

 

 

で、僕が日常的に感謝しやすいことが何かを考えたら、

「店員さん」だと思ったんです。

 

日ごろ、買い物したりご飯食べたり、

色んなシーンで店員さんにお世話になるわけです。

 

 

お仕事とはいえ、店員さんの接客は、

基本的にとても丁寧にしてくださいますよね。

 

日本ではそれが当たり前だったりしますが、

欧米では結構不愛想なのが普通だったりします。

 

それでも欧米の消費者は店員さんに対して「Thank you」と言います。

 

 

「お金を払ってる方が偉い」とかではなく、

「していただいたことにお礼を言う」というスタンスのようです。

 

 

僕は、自分が海外に行った時にその文化を体感してみて、

その感じがすごく好きだったんです。

その方がお互いに気持ちいいですよね。

 

だから僕は、日本にいても店員さんにお礼を言います。

 

 

 

それこそ、最初は違和感がありました。

 

お金を払ってる方が偉いとまでは思ってないにしても、

どこか、「店員はそういう仕事なんだからそうするのが当たり前」みたいな考えがあったんだと思います。

 

だから、してもらうことにいちいち「ありがとうございます」っていうのに違和感があったんでしょうね。

 

 

あと、お会計とかで店員さんが「ありがとうございましたー」って言ってるところに、

僕も「ありがとうございます」っていうのが、お礼合戦みたいで違和感がありました。

 

 

 

だからまずは、

飲食店では帰る時に必ず「ごちそうさまでした」って言うことから始めました。

 

食事を提供していただいたことに対して「ごちそうさま」というのは、

僕にとって自然なことだったので。

 

 

そこからさらに、店員さんがメニューや料理を持ってきてくれた時にも、

「ありがとうございます」って言うようにしました。

 

それこそ欧米だとそれが普通だったりするので、

(海外に行くと自分もそうしてるので)、

僕は違和感なくそれが出来るようになりました。

 

 

 

そして徐々に、コンビニやスーパーなどの日常的な買い物の時も、

店員さんに「ありがとうございます」と違和感なく言えるようになっていきました。

 

そしたら自分も気持ちいいし、

店員さんも嬉しそうにしてくださいます。

 

ほら、Win-Win!

 

ある程度気持ちの余裕も必要

なんだかんだ言っても、日常において感謝の気持ちっていうのは、

自分に余裕がないとなかなか持ちにくいんですよねー。

 

 

例えば、ものすごく切羽詰まった状態でなんとか助けてもらえてその瞬間「ありがたい」っていう状況も

もちろんあるとは思うんですけど、

それってとても限定的なんですよ。

 

「そんな状況で助けてもらえたからありがたい」っていう、

その状況ありき、助けてもらえるという事実ありき、なんです。

 

要は、それって「条件付きのありがたい」なんです。

 

 

「諸々の条件が満たされないとありがたいと思えない」っていうのは、

「普段から感謝の気持ちを持つこと」にはつながらないんですよね。

 

 

かといって、普段ふつーに生活してる中で感謝できるのって、

ある程度の余裕(ゆとり)も必要だなと思うんです。

 

 

 

僕が人に対して「ありがとう」を言うことに抵抗が多かった時は、

自分は「ほどこしを受けている」ような感じがしてたんです。

 

なんだか、ほどこしを受けている自分は弱くて立場が下で、

それをしている相手の方がすごくて立場が上・・・みたいな。

 

 

「ありがとう」と言うことで、それを露呈しているようで、

なかなか言いにくかった部分はあったと思います。

 

いわゆる自己肯定感、自己重要感が足りてなかったんでしょうね。

 

だから自分の中の余裕もなくて、

下だと思いたくないからお礼がしにくかったんです。

 

 

でも今は、上も下もないと思っているので、

(どちらが上でも下でもどっちでもいいと思ってるw)

そういう考えはなくなりました。

 

 

そうやって気持ちに余裕が出来たから、

感謝しやすくなったというのもあると思います。

 

 

 

逆に言えば、自分に余裕がない時に、

無理に「感謝しなきゃ」って思うと気持ち悪くなっちゃうってことです。

 

 

やっぱり、「弱い自分はダメだ」と思ったまま感謝なんて出来ないですよ。

 

あと、自分が「当たり前」だと思ってることに対して、

感謝の気持ちは起きないですよ。

 

で、感謝の気持ちが起きないのに「ありがとう」は言えないですよ。

 

 

でも、それはしょうがないと思うんです。

 

「ダメだ」とか「当たり前」だと感じてしまうことも、

それはそれで自分の自然な感情だから。

 

その時の自分はそう感じちゃうんだから、

それを悪だとする必要も、無理に変える必要もないと思います。

 

 

だから、感謝の気持ちが持てなくても、

感謝が出来なくても、

しょーがない。

 

 

世間には、

 

「こうするといいですよ」

「こうしましょうね」

 

っていう情報があふれていますが、

 

どんなに「良いこと」や「素晴らしいこと」(と世間的にされていること)でも、

 

自分にとって違和感があったり、

自分の心に反することをするのは、

逆効果なんじゃないかと僕は思ってます。

 

 

 

そういう違和感や、できないことを、

「しょーがないんだ」「悪じゃないんだ」って思えて、

自分で認められると、気持ちに余裕が出てきます。

 

 

余裕が出てくれば・・・

 

 

もうその先は分かりますよね!

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